(1)「セカンドキャリア」としての移住
– 松田さんはなぜ東京から大子町に移住されたのですか?
60歳の定年を迎えたら東京を離れて、出身地の北海道札幌か妻の出身地の大子町に移ろうと思っていました。妻の母が大子町の施設に入居しており、移住を決める2年ほど前から月に一度は大子町に通っていましたので、だんだん町になじみも出てきました。
タイミングよく住みやすそうな空き家もありましたので、思い切って移住を決め、2019年5月から妻と2人で大子町に移りました。
働く場所が少ないことは知っていましたが、築21年の空き家をリフォームして住むことにしましたので、家賃がかからない分なんとかなるだろうと思っていました。
義母が入居していた施設の職員の方々とはなじみがあり、介護の仕事にも興味を持つようになっていましたので、「まず初任者研修の資格を取って、送迎の仕事から始めて介護関係の職に就こうかな」くらいの気持ちで移住しました。
移住当初はのんびり畑仕事だけやっていましたが、まだ60歳を過ぎたばかりですし、社会とのつながりは持ちたいと思い、移住半年が過ぎた頃、町会議員選挙時の選挙管理委員会の事務に応募したところ、役場とのつながりができました。そして、2020年4月からまちづくり課空き家活用係(空き家バンク)の職員として働かせてもらっています。
(2)大子町への移住状況
– 1年間で、何人くらいの方が空き家バンクを利用して大子町に移住していますか?
2020年度は、空き家バンクを通して移住された方は7世帯12人です。それ以前は毎年平均で、年に7~8人程度の方が移住されています。
昨今のコロナ禍もあって、移住の問い合わせがかなり増えており、2019年度は18人でしたが、昨年の2020年度はその約3倍の59人まで一気に増えました。
本年、2021年度も4月~6月現在までの3ヶ月間だけで、すでに39人の方からの問い合わせを受けています。「週に1回だけ東京に通勤しなければならないが、残りの日はテレワークになったので田舎で暮らしてみたい」という二拠点生活を検討している方が多いですね。
– 大子町に移住を希望される方が一番重要視していることは何でしょうか?
大子町に仕事を求めて来られる方はまずいらっしゃいません。年金があったり週1で首都圏に出勤されたり、ある程度の収入を確保した上で、家賃などの固定費を下げたり、脱都会で二拠点居住をしたいと思っている移住希望者の方が多いです。
そういった方々が最も気にされているのは、いかに安く良質な住宅を得られるかということですね。
現状大子町には彼らを満足させられるような住宅が揃っているとは言えませんが、そのあたりが整備されてくれば、これからどんどん移住者は増えてくると思います。
(3)移住促進のための取り組み
– 大子町の家賃は安いのですか?
そう思われている人が多いのですが、実は大子町の家賃相場はそんなに安くはないんですよ。ファミリータイプであれば、4~7万円くらいはします。需要に対して賃貸物件の供給数が少ないので、正直に言って家賃は水戸市と変わらない水準ですね。
空き家バンクも現在40軒程度は紹介可能ですが、うち賃貸物件は4~5軒ほどしかありません。おすすめは売買物件です。そのまま住める家は少ないですが、手を入れれば住み心地がよくなりそうな家が格安で手に入ります。
DIYが趣味の方なら大子町は理想の環境だと思いますよ。
最大70万円が出る、空き家バンクリフォーム助成もありますし、町の基幹産業として林業に関する支援を行っていますから、薪ストーブ設備補助金や木造住宅建設助成金など、大子町ならではの助成金も出ます。
他にも、東京23区に通勤する方が茨城県が定めた要件を満たして移住された場合、世帯100万円の移住支援金が茨城県から支給されます。
– 子育て世代への優遇措置はありますか?
大子町では若い世代の移住支援に力を入れており、「日本一の子育て支援のまちづくり」と銘打ったなかなか魅力的な施策があります。
現在では全国多くの自治体で同様の施策が実施されていますが、大子町では他の自治体に先駆けて取り組んできました。
加えて、妊娠時から高等学校終了までの医療費無料化、保育所保育料・幼稚園授業料の無料化、教材費の無料化・学校給食費の軽減の3点については、県の制度に上乗せした町独自の支援を行っています。
特に教材費の無償化については大子町独自の取り組みであり、全国的にも珍しい施策となっています。
保育所・保育園は町内に5か所あり、都会と違って待機児童問題もありません。小学生なら「放課後こども教室」や「放課後児童クラブ」も利用できます。
– 都会からの移住者がトラブルになりやすいことはありますか?
今までに移住者関係のトラブルは聞いたことはありません。過疎化で空き家が増えることが地区の問題になっていますので、空き家バンクを通して移住された方はだいたい「空き家が埋まってうれしい!ようこそ大子町へ!」と歓迎されています。
私自身、大子町に移ってからの困りごとといっても、畑にイノシシが出たり虫に悩まされたり、その程度のものですし、他の移住者の方からも近所付き合いなどの悩み相談は受けたことはないですね。
大子町は町自体が大らかですから、住んでいる人も分け隔てなく移住者を受け入れてくれる雰囲気があります。
(4)移住をおすすめしたい世代はセミリタイア世代
– さいごに、どんな方に大子町移住をおすすめしたいですか?
まずは手に職があり、大子町に移住しても安定した収入を得られる見通しがある若い方ですね。魅力的な子育て優遇施策がありますし、都会の密集とはかけ離れた自然いっぱいの環境の中で、のびのびお子さんを育てられます。
次は、私くらいのセミリタイア世代の方々です。都会でサラリーマン生活を何十年も続け、定年後は田舎でのんびりと暮らしたいと思っている世代です。
60歳で定年を迎える方が多いと思いますが、給料が減っても雇用延長で65歳までそこで働き続けるか、それとも辞めてどこか別の場所で第2の人生を送るかどちらにするべきか悩まれている方々、私はそんな方々に大子町に移住してきてほしいと思っています。
大企業では定年を迎えても、60代世代はまだまだポテンシャルがあります。一方大子町では高齢化が進み、介護施設では慢性的な人材不足が続いています。私のように親の介護を通してデイケア施設になじみ、介護・福祉関係の仕事に就くことを考える人も多いのではないかと思いますが、大子町には介護事業所は約30か所ありその気になれば就職できます。
私たちセミリタイア世代はキャリアを積んでいますので、まだまだ生み出す力もあるはずです。「社会との関わりを持ちたい、そのために何ができるだろうか?」そういう考え方をお持ちの方でしたら、ここ大子町で充実した第2の人生が送れると思います。
自分の提案力、発信力次第で町を変えていくこともできるんじゃないだろうか、と思えるほど町役場には柔軟な考え方を持つ人もいます。子育て世代に限らず、セミリタイア世代の方も含めた幅広い世代の方々への移住支援も施策として考えているようですし、なかなか大子町は懐が深い町です。それに、家をDIYする楽しさもありますしね(笑)。
– 確かに、セミリタイア世代の移住支援施策があれば全国から注目を集めそうですね。移住というかたちで、介護の需要と供給がマッチしたら過疎化に悩む地方のロールモデルとなりそうです。お話をありがとうございました。
ライター 林ぶんこ 7年の愛媛・宇和島生活を終え、2021年より横浜に戻ってきたフリーライター。Webメディアや企業誌を中心に活動中。 |