人間の脳や意識には得意不得意があります。次のことを一度でも経験したことがある方はいるでしょうか?
人間の限界とケアレスミスについて考えてみましょう。
- 介護の申し送りをうっかり忘れたことがある
- 自分の近くで、転倒事故が起きてしまった
- 書類の作成を忘れ、上司から説教を受けた
おそらく全ての人が経験したことがあるはずです。それもそのはず、人間はこれらのことが苦手なのです。 しかしながら、介護の現場では「ついうっかり」が許されません。以下のようなケアレスミスが起こってしまうと、重大な事故につながりかねません。
- 利用者を立ち上がらせる際に、うっかり車椅子のブレーキをかけ忘れていた
- うっかり車椅子の足置きを出し忘れて、利用者の足が車輪に巻き込まれた
- うっかり見守りを忘れていて、利用者が転倒した
- うっかり薬を多く投薬してしまった
介護の現場は、うっかりによる「見落とし」が絶対に許されない職場です。投薬ミスなどがあると、最悪の場合、生死に関わることになってしまいます。
今回は人間が抱える限界である「見落とし」の原理を解説し、仕事上のケアレスミスを防ぐ手立てを考えます!
目次
「不注意による盲目」を体験しよう!
早速ですが、次の動画を見てください。白と黒のバスケチームが、パス回しの練習をしています。 では「白いシャツを着たチームが何回パスをするか?」を数えてみてください。
さて何回パスをしていたでしょうか?16回と答えたあなた。正解です。ところで、30秒の動画の中で何か「ありえない」シーンは写っていなかったでしょうか?記憶を辿ってみてください。気づきましたか?
ちょうど17秒に差し掛かったころでしょうか。バスケチームの中に突如、黒いゴリラが乱入してきて、画面中央で大きく胸を叩いています。30秒の動画の中で、なんと6秒以上もゴリラは徘徊しています。 バスケ場の中にゴリラなど、場違い甚だしい光景ですが、このことに気づいた方はどの程度いるでしょうか?実験では多数の視聴者がゴリラの乱入に気づくことができませんでした。
ゴリラ乱入の決定的瞬間!
ゴリラに気づかなかったからと言っても、気を落とすことはありません。人間は「視界に入っただけ」ではものごとを認識することはできません。視界の中の対象に注意を向けることで、初めて「見える」のです。 白チームのパス回しに注意が集中した結果、乱入したゴリラに気づくことができないことは、人間の脳や意識が抱える限界で、これを「不注意による盲目」 – 要するに注意を向けなかったために起こる見落とし – と言います。
どうすれば不注意による盲目を回避できるのか?
見落としの原理は体験していただけたと思いますが、どうすればこれを回避することができるのでしょうか? 個々の介護職員のプロ意識や緊張感を強調し、不注意をなくすことでしょうか?残念ながら、人間の注意力は24時間365日続くものではありません。結論を言うと、個々人の頑張りで不注意を克服することはナンセンスです。 個々人による頑張りで克服できない以上、職場環境のデザイン(仕組み、業務フロー)によってケアレスミスを防ぐことが、我々がとりうる最も現実的な解決策です。
チェックリストを活用しよう!
介護職員を取り巻く職場デザイン – 業務フローやシフト、マニュアルなどを総称した働く環境 – を工夫するといっても、だいそれたことをする必要はありません。 方法は多数ありますが、中でも簡単にでき、即日効果を期待できるものとして「チェックリストの活用」があげられます。
アトゥール・ガワンデは著書「あなたはなぜチェックリストを使わないのか?」の中でチェックリストの有益性を紹介しています。 ガワンデはプロの外科医であり、数多くの手術に携わってきた人です。彼や同僚の医者たちは高度な医療教育を受け、相当数のオペを経験してきたにも関わらず、 「注射の時間を間違えた結果、とんでもない事態に発展した」など、根本的なケアレスミスを幾度となく経験しています。
しかし、外科医を責めることはできません。彼らは一日に何十という診断を行い、手術を成功させつつ、患者の様態をケアし、職場の後輩の育成、医学会への研究発表など、数多くの業務をこなしているのです。 業務が増えるほど、多用なことに注意が分散されます。そうして「不注意による盲目」がやってきて、外部から見れば「馬鹿馬鹿しいミス」を引き起こすのです。 介護の現場であっても、利用者に常に気を配り、後輩の育成や書類作成、委員会の運営など、多数の業務を並行して行わなければならない介護職員にとって、人間の限界である「不注意による盲目」は避けて通ることはできない現象です。
さて、アトゥール・ガワンデはこれら医療現場でのミスを無くす方法として、「チェックリスト」の活用を導入し、大きな成果を上げることに成功しました。 チェックリストの項目はひどく単純なもので、「麻酔の1分後に意識の確認をしたか?」「今朝は患者の様態をチェックしたか?」など、現場の人間からすれば確認することすら煩わしい項目たちが並びます。
しかしながら、繰り返すように人間は常に注意力を全開にして、業務にあたることはできません。まずは己を過信せずに、人間の限界を受け入れ、当たり前の業務項目をチェックリスト化し、業務フローに組み込むことが、ケアレスミスを防ぐ第一歩となるのです。 実際、ガワンデはごく当たり前のチェックリストをつけることで、医療事故を抑え、想定外の事態への対応力を高めることに成功したのです。
チェックリストの内容例
介護施設におけるヒヤリハットを防止するための、チェックリストの例としては以下のようなものがあります。
- 車椅子のブレーキはかけたか?
- ベッドの柵はきちんと設置できているか?
- フロアに椅子などの障害物がないか?
- 見守りの人数は十分か?
- おむつなどのパッドによるかぶれは発生していないか?
- 手洗いなどの衛生管理は十分か?
- 吐しゃ物などを処理した後に、消毒をしたか?
- 誤嚥に繋がる食べ物などの差し入れはなかったか?
上記のような単純な項目を中心にして、チェックリストを作成していきましょう。
おわりに:チェックリストを作成してみましょう
施設内で起きたヒヤリハット事例を集めてリスト化するのもおすすめです。
チェックリストの作成は簡単にできます。まずはあなたの職場でも体験してみてはいかがでしょうか?