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病院の求人・転職情報

マッチした介護職求人

1 ~ 10件(全1300件)
POINT
病院勤務なのでケアのプロがまわりにたくさん!
はじめての方も始めやすいお仕事です♪
形態 病院
地域

宮城県名取市高舘熊野堂字岩口下68-1

給与

月給:15万円~
※世帯手当:住宅手当+扶養手当
※夜勤手当:9000円/回
 早出手当:1000円/回
 遅出手当:1500円/回
賞与年2回、1か月分

POINT
託児所利用も可能な看護助手スタッフ◎
スーパーも近いので買い物もラクラク!
形態 病院
地域

大阪府大阪市都島区都島北通1-22-6

給与

月給:21.5万円~
賞与年2回、1.9か月分

POINT
久留米駅から徒歩5分でアクセス良好!
託児所もついているので働くママさんにもおすすめです◎
形態 病院
地域

福岡県久留米市西町1169-1

給与

月給:13万円~
1回につき13,000円
(深夜手当5時間含む)

POINT
駅徒歩5分の病院での看護師スタッフ◎
託児所ありで子育て世代も安心です!
形態 病院
地域

福岡県久留米市西町1169-1

給与

16,900円~
基本給164,000円~257,000円
資格手当5,000円~10,000円
・夜勤手当:9,500~10,000円/
・住宅手当:15,000~20,000円
賞与年2回、3か月分

介護の求人を詳細条件で探す

病院介護職の体験談

30代 女性

学生時代、病院薬剤師の実習を2ヶ月半行いました。

薬学部5年生の時に病院実習が必須で2ヶ月半ありました。もともと病院志望ではなく、2ヶ月半も長いな、と始めは実習に乗り気では無かったのですが、結果的に実習を通してとても深い体験が出来たと思います。
実習では調剤室での調剤業務のほか、病棟に行って患者さんに薬の説明を行ったり体調の様子をうかがったりしました。比較的元気のある患者さんもいましたが、中には癌の末期でやつれて元気がなく介護状態のなっている方、病気の回復が見込めなくて精神的に落ち込んでいる方もたくさんいました。その方々と触れ合うこと、最初はどのような言葉がけをしたら良いのか分からなくて会話が出来ませんでしたが、毎日通い少しずつの会話を通して患者さんに少しでも笑顔が見られた時は自分でも誰かの役に立って笑顔を引き出すことが出来るんだ、と思いとても嬉しくなりました。また、そのような介護を必要とする患者さんがいる病院での業務にも興味が湧きました。今は調剤薬局で働いていてそのような介護を必要とする方と接する機会は少なくなりましたが、とても良い経験が出来たと思っています。

30代 女性

大変なこともありますが、とてもやりがいのある仕事です

病院で理学療法士として働いており、主に高齢者のトイレや着替え、食事など生活動作全般の介助をする場面があります。
同じ年齢、性別の方でもでも介護の仕方は違い個別性が求められ体力も必要なので、決して楽な仕事ではありませんが、患者さんに「いつもありがとう」「助かったよ」と言われると、それだけで「やってよかった」という達成感を得ることができます。
また、わたしの身内には介護を必要とする人がいないため、介護される方の率直な意見(どんな介助を必要とするのか、どんなタイミングで助けて欲しいのかなど)を聞けることは私にとってとても良い経験になりました。
そして、この仕事を通して誰かを助けるということに抵抗が少なくなり、仕事以外の普段の生活でも困っている方に手を差し伸べる機会が多くなったと感じます。
以上の経験から、介護に携わる仕事はとてもやりがいがあると感じています。

40代 女性

慣れない環境でしたが看護師が支えてくれました

30代の頃病院の介護を経験しました。この仕事で最も印象に残っているのは病院から望む景色です。みどりいっぱいの環境で、ここへ来ると誰もがキレイな景色に魅了されていました。
仕事内容は看護師の補助が多かったような気がします。介護施設で働いていたときと同じようなことをするのですが、病気やケガをしている人のサポートなのでちょっと違います。みんな明るくて前向きで、逆に自分が元気づけられました。
看護師はみんな自分よりぜんぜん若かったのですが、すごく落ち着いていました。介護をする自分に気を使ってくれていたのもよく分かりました。看護師に支えられてさまざまなことを乗り越えることができたのだと思います。今でも働いていた時のことを感謝しています。

30代 男性

祖母が入院した際に専属で介護した時の話です

祖母が地元の病院に入院しました。認知症が進行しグループホームで生活していましたが誤嚥性の肺炎にかかってしまった事が祖母の直接の死因でした。
私は当時まだ大学を卒業したばかりでした。普段は父の病院で仕事を手伝っていましたが、歯科医師としての将来と法曹としての将来を比較し、法曹への道を志すと決めました。
祖母は私が孫だとわからないようでした。大叔父の名前や父の名前をよく発話していました。さすがにトイレについては看護師さんが行っていましたが、食事の介助などは私が専属で、時に簡易ベッドで隣に寝て行っていました。祖母のことを考えると胸が今でも痛みます。もっと異なる対応をすることもできたかもしれない。学生時代の私はあまり実家に帰省しませんでした。大学が実家から非常に遠い所にあった為です。祖母が入院している病院で私は多くの人と知り合うことが出来ました。そして介護の負担を一人で抱え込むのは良くないということ、介護している人はみんな辛い気持ちだけでやっているわけではないということ、ある意味で割り切ることなどの大切さを学ぶことができました。
私の両親が同じ状態になっても、私は責任を持って介護したいと思います。他人に任せるのではなく自分が勉強して介護の為の資格を取得してでも、親の介護を行いたいです。もちろん祖母が入院していた病院でもかまいませんが、できれば両親がそれぞれ望む場所で希望に叶うよう最大限配慮したいところです。最後まで読んでいただきありがとうございました。

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